大判例

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福岡地方裁判所 昭和48年(ワ)154号 判決

原告

大谷徳一郎

右訴訟代理人

桜木繁次

被告

嶋田高市

右訴訟代理人

灘岡秀親

主文

一  原告が被告に対して賃貸している別紙目録記載の建物につき、その一カ月の賃料は昭和四七年一一月一日以降金三万五〇〇〇円であることを確認する。

二  被告は原告に対し、昭和四七年一一月一日から昭和四八年一月三一日まで一カ月金一万二〇〇〇円、昭和四八年二月一日から一カ月金三万五〇〇〇円の各割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告、その余を被告の負担とする。

五  この判決は、第二項にかぎり、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告が被告に対して賃貸している別紙目録記載の建物につき、その一カ月の賃料は昭和四七年一一月一日以降金四万円であることを確認する。

2  被告は原告に対し、昭和四七年一一月一日から昭和四八年一月三一日まで一カ月金一万七〇〇〇円、昭和四八年二月一日から一カ月金四万円の各割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  第1、第2項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告先代徳右衛門は被告に対し、別紙目録記載の建物(以下本件建物とする)を昭和一七年七月七日、賃料月額金四五円で賃貸し、その賃料はその後順次改訂され、昭和四三年一〇月から月額二万二〇〇〇円に増額された。

2  右原告先代は昭和四三年九月二八日死亡したので同日原告以外二名が相続により本件建物の所有権と右契約上の賃貸人としての権利義務を承継し、原告が他の二名の相続人より本件建物の管理を委託されている。

3  右賃料二万三〇〇〇円は昭和四七年においては次の事由により不相当である。

(一) 物価は昭和四三年に比し著しく急騰したこと。

(二) 近隣の家賃の相場は平均一坪あたり三〇〇〇円位と思われること。

(三) 原告所有の上川端町所在の土地家屋全部に対する固定資産税が昭和四三年度は一四万五〇〇〇円であつたのが、昭和四七年度は三三万九五〇円となり、約二倍以上になつていること。

4  原告は右事情を考慮して被告に対し、昭和四七年一〇月三一日到達の書面で同年一一月一日から本件建物の賃料を月額金四万円に増額する旨の意思表示をした。

5  被告は右直上げを不服として応ぜず、従来通り二万三〇〇〇円の賃料を昭和四八年一月分まで支払うのみで、不足額一カ月金一万七〇〇〇円を支払わない。

よつて、原告は被告に対し、本件建物の一カ月の賃料が、昭和四七年一一月一日以降金四万円であることの確認と、昭和四七年一一月一日から昭和四八年一月三一日まで一カ月金一万七〇〇〇円の割合による家賃不足額および昭和四八年二月一日から一カ月金四万円の割合による家賃の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2の事実のうち、原告の先代徳右衛門が死亡したことは認める。その余は知らない。

3  請求原因3の事実は否認する。後述のとおり不相当であるとの主張は争う。

4  請求原因4、5の事実は認める。

三  被告の主張

1(一)  被告は本件建物を昭和一七年七月以降賃借している。

(二)  本件建物の面積は、一階店舗部分が21.68平方メートル(六坪五合六勺)、住居部分が21.68平方メートル(六坪五合六勺)であり、一階は合わせて43.37平方メートル(一三坪一合二勺)である。二階住居部分は51.63平方メートル(一五坪六合二勺)である。従つて、床面積は合計九五平方メートル(二八坪七合四勺)である。その敷地面積は、53.88平方メートル(一六坪三合)である。

故に、本件建物には地代家賃統制令の適用がある。

2  昭和四七年の本件建物の月額家賃の統制額は二万四三八三円である。右統制額を超える原告の増額請求は、地代家賃統制令に違反するもので許されない。

3  仮に、統増令を超える本件家賃の増額請求が許されるとしても、原告の請求は過大に過ぎ不当である。

(一) 本件建物は最早老朽の建物であり、然かも原告は修理義務を履行しないので被告は昭和四一年末から昭和四二年の初めにかけて金七一万五〇〇〇円を投じて改修した。

(二) 本件建物は地代家賃統制令の適用があるのにかかわらず、被告は原告から要求されるままに、次に示すとおりに、統制令をはるかに超える家賃を支払つて現在にいたつている。

(1) 本件建物の統制家賃

昭和二六年より同二八年まで

月額約金一〇〇〇円台

昭和二九年より同三二年まで

月額約金二〇〇〇円台

昭和三三年より同四二年まで

月額約金三〇〇〇円台

昭和四三年より同四四年まで

月額約金四〇〇〇円台

昭和四五年 月額約金五〇〇〇円台

昭和四六年 月額約金六〇〇〇円台

昭和四七年 月額金二万四三八三円

(2) 本件建物の賃料

昭和二六年度から同二九年度まで

月額金三二〇〇円

昭和三〇年度から同三六年度まで

月額金五〇〇〇円

昭和三七年度から同四三年九月まで

月額金一万九〇〇〇円

昭和四三年一〇月から

月額金二万三〇〇〇円

(三) 裁判所に於て増額賃料を決定するに際しては、前記各事実の他、諸般の事情を十分斟酌しなければならない。

四  被告の主張に対する原告の認否・主張

1  被告の主張1の(一)の事実は認める。(二)の事実のうち、その面積は否認する。本件建物に地代家賃統制令の適用があることは認める。

2  被告の主張2の事実は否認する。地代家賃統制令の適用を受ける建物であつても、借家法七条所定の事由がある場合には、同条および統制令一〇条により、右統制額を超える家賃の増額を請求し得るものと解する。

3  被告主張3の(一)の事実のうち、本件建物が老朽の建物であるとの点を否認する。建物は古いが老朽はしていない。また、原告は賃貸人としての義務は履行している。その余の事実は知らない。仮りに被告主張のように改築したとしてもそれは原告不知の間に被告が勝手にしたものである。

(二)の事実のうち(1)の統制月額は否認する。その余は認める。

(三)の主張は争う。増額賃料は客観的に定めるべきもので、被告の改築等による主観的特殊事情は考慮されないのが原則である。

第三  証拠〈略〉

理由

一原告先代徳右衛門が被告に対し、昭和一七年七月七日本件建物を賃料月額金四五円で賃貸し、その後賃料は順次改訂され、昭和四三年一〇月から月額金二万三〇〇〇円に増額されたこと、および右原告先代徳右衛門が昭和四三年九月二八日に死亡したことは当事者間に争いはない。成立に争いのない甲第四号証および弁論の全趣旨によれば、原告外二名が右同日、相続により本件建物の所有権および本件建物の賃貸借契約上の権利義務を承継し、原告が他の二名より本件建物の管理を委託されていることが認められる。

二原告が被告に対し、昭和四七年一〇月三一日到達の書面で、同年一一月一日から本件建物の賃料を月額四万円に増額する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

そこで右意思表示のなされた時点において本件建物について賃料増額を請求しうべき事由が存しかたどうかについてまず検討する。

〈証拠〉によれば、本件建物は、国鉄博多駅の北西方向約九〇〇メートルの地点、櫛田神社の裏側に位置した本造老朽の店舗付住宅で、川端通商店街アーケード入口手前にあり、付近は福岡都市圏内において枢要な位置を占める博多区の中でも中核をなす旧博多の商店街に属する地域であること、被告は「島田時計宝飾店」なる店名で時計販売業を営んでいるものであるが、昭和四二年ころ賃借建物の背後の空地に金七一万五〇〇〇円を投じ賃借建物に接続する二階建住居を新築しこれに附属させるなど業績も順調であること、本件建物の敷地についての固定資産税評価額は、昭和四三年度から四七年度までの間に約1.9倍に増加しており、固定資産税、都市計画税は右期間中に約2.5倍に増加していること、および後記認定のとおり本件建物の家賃統制額は昭和四七年度において月額二万五三九六円となり、原、被告間の既定賃料をすでにこえるものであること、がいずれも認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠は存しない。

右に認定した各事実によれば、前記増額請求のなされた昭和四七年一〇月三一日現在において、昭和四三年一〇月に改訂された前記賃料は不相当となり、その増額請求をなしうべき事由が存在したものというべきである。

三次に被告の主張について検討する。

1  本件建物についての賃貸借関係が地代家賃統制令(以下統制令という)の適用を受けるものであることは当事者間に争いがない。ところで、昭和四七年度における本件建物の家賃統制額は、次の算式により月額二万五三九六円となる。(鑑定人野見山繁信の鑑定の結果によれば、本件建物の敷地面積は55.47平方メートル、本件建物の総床面積は106.52平方メートルであることが認められる。鑑定人岡本新一の鑑定結果のうち、右に反する部分は、証人岡本新一の証言により実測に基づくものでないことが認められるので採用しない。昭和四七年度における本件建物の敷地を含む一筆の土地の面積は246.44平方メートルであり、その固定資産税評価額は三〇五六万五五〇〇円であるが、その固定資産税課税標準額は一八五七万八四八円であること、本件建物の固定資産税評価額は一〇万六二〇〇円であり、固定資産税率はその100分の1.4、都市計画税率はその100分の0.2であること、はいずれも鑑定人岡本新一及び野見山繁信の各鑑定の結果によりこれを認めることができる。)

2  被告は、統制令の適用ある建物の家賃については、同令の統制額を超える増額の請求を借家法七条によりなすことはできず、裁判をもつてしても統制額を超える額を定めることはできない、と主張するのでこの点について検討することにする。

統制令第一〇条は、「……家賃について、裁判……によつてその額が定められた場合には、その額は、これをその……家賃についての認可統制額とする。」と定めているところ、右の「裁判」に該るものとして考えられるのは借家法第七条の規定による家賃増額請求について訴が提起された場合の判決だけであること、

統制令は、零細地主家主の犠牲のうえに借地人借家人の保護を図り、もつて国民生活の安定を図ろうとするものであるから、その統制額はその犠牲を許容し、または強いうる限界点を示すものであると考えられ、前記の「裁判」に、犠牲の一層の強化、すなわち統制額の引下げの機能が期待されているとは解さないこと、

借家法附則8は、「借家法第七条第二項の規定は、地代家賃統制令の適用がある……家賃については、請求に係る増加額のうち、同令による停止統制額又は認可統制額をこえる部分に限り適用する。」と定めている。これによると、借家法第七条の規定による増額請求が統制令の適用のある家賃について統制額を上廻ることのあることを想定し、裁判によつて統制額を上廻る増額の認められることがあり得ることを予想していると解されること、

以上を考え併せると、統制令第一〇条は、統制令による統制額について「裁判」による具体的ケースごとの犠牲の緩和、すなわち「裁判」による、統制令による統制賃料を超えた相当賃料の判定を許し、右判定額をもつて当該ケースにおける認可統制額とする趣旨であると解釈するのが相当である。

従つて、統制令の適用のある建物の家賃について家賃増額請求権の行使があり、これが裁判上判断されるときは、右増額の意思表示のあつた時から相当賃料に増額され、それが認可統制額となるものと解するのが相当であり、この点に関する被告の主張は採用することができない。

四そこで、前記原告の増額請求により増額された本件建物の賃料額について検討する。

当事者間に争いのない本件建物の賃料のこれまでの改訂の状況、既に二項にて判示した既定賃料が不相当となつた事由、鑑定人岡本新一の鑑定の結果(継続賃料を月額三万七〇〇〇円とする。なお鑑定人野見山繁信の鑑定結果中継続賃料を月額八万三八九八円とするなどの賃料関係の鑑定部分は証人岡本新一の証言に照らし、信用できない)、当裁判所に顕著な、本件賃料増額の意思表示のなされた時期における一般物価の状況その他諸般の経済情勢に本件建物の賃貸借関係に統制令の適用があり、それによると統制額は昭和四七年当時月額二万五三九六円であり、これは統制令の趣旨から十分考慮さるべき額であることその他本件に顕れた諸般の事情を総合して考えると、原告の賃料増額の意思表示により本件建物の賃料は昭和四七年一一月一日以降一カ月当り金三万五〇〇〇円に増額されたものと認めるのが相当である。

原告は、相当家賃の決定にあたり主観的特殊事情を考慮すべきでないと主張するが、諸般の事情を考慮すべきことは当然であり、原告の主張は採用できない。

五よつて、原告の本訴請求は、本件建物の賃料が昭和四七年一一月一日以降月額三万五〇〇〇円であることの確認および未払家賃額の支払を求める限度において理由があるから正当としてこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、右確認請求部分に対する仮執行宣言申立および仮執行免脱宣言の申立についてはいずれも相当でないものと認めてこれを却下し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、金員請求部分に対する仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(井野三郎 知念義光 加藤誠)

物件目録

福岡市博多区上川端町一三番地二、一三番地一

家屋番号 一三番二

一、木造瓦葺二階建店舗兼居宅一棟

床面積 一階26.44平方メートル

二階23.14平方メートル

二、附属建物(未登記)

木造トタン葺平家建建居一棟

床面積 9.90平方メートル

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